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2020.02.27

万代池

【業務連絡】

2月29(土)の12時(正午)より2020年 4月~6月期の木工教室の 予約受付が始まります。

新型肺炎騒動で、先行きがちょっと不安になって来たけど、木工教室は通常開催しますので勇気を出して受講予約宜しくお願い致します。

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新型コロナって言うと、なんか二昔前のトヨタの乗用車を思い出すなぁ、、、
しかも、コビットナインティーンなんて、可愛いアイドルみたいな名前がついてるし。って呑気なことを言っていたけど、、、
もはや笑っていられない。
まさか、こんなに生活に影響が出るなんてこれっぽっちも思っていなかった。

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ちんちん電車(阪堺電気軌道)の帝塚山3丁目駅に停車中のモ161型
1928年(昭和3年) 川崎車輌製の168号車(4年前に廃車)

個人的に好きだった168号車。勝手にイロハ号って呼んでいた。
ちなみに、もう1両密かに好意を寄せていた163号車(ヒロミ号)は、廃車済みで部品取り用に保管されているらしい。
モ161型で、今なお現役で稼働しているのは、161号、162号
164号(ヒロシ号)、166号の4両だけである。

えぇ~と、今日は、ちんちん電車の話しじゃなくて、この3丁目駅を東(画像右側)に50メートルほど歩いたところにある万代池の話し。

万代池(まんだいけ)は、実家の前の道を北に5分ほど歩いた突き当りにあり、子供の頃によく遊んでいた思い出の場所。
祖母は、戦後の食糧難の時、この池一面に生っていたヒシの実を採って食べたそうで、「ばんだいけ」って呼んでいた。

この池の歴史は古いらしく、かつてこの池には魔物が住んでいて、それを聖徳太子がどうのこうのしたと言うよくあるパターンの逸話があり、昔から地元の人たちの憩いの場所でもあった。

そして、ここには、昭和50年くらいまで、芝居小屋と木造の手漕ぎボートの貸し出しなんかもあった。
子供の頃に何回かボートに乗ったことがあり、石橋の真ん中辺りにある狭い通り抜けが子供心に怖かった記憶がある。
当時は、橋の上からザリガニ釣りをしたり、セル瓶でモロコやコブナ、タナゴ、ドジョウ、ヌマエビなんか捕って楽しんだ。

なので、今でも万代池は、形や大きさ、雰囲気を変えながら時々夢に出て来る。

先日も万代池でブラックバスを釣りに行く夢を見たのだけど、それが美しくて神秘的で、いつもならすぐに忘れてしまう夢の内容が今でもはっきりと覚えているので、なんか気になって過去の画像を見返していたと言う訳である。

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この画像は、2003年の今頃。

ヘラブナ釣りをしているお爺さんに小鮒をおねだりしている【ノバリケン】
バリケンってほとんど馴染みのない渡り鳥なのだが、この年だけ見ることが出来た。

お爺さんは「ガンちゃん」って呼んでいたなぁ、、、

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この画像は、2005年の春。

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言わずと知れた花見の名所?
春には、メジロ  夏には、シジュウカラ

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この頃は、まだおおらかな時代で、いつも2~3人のヘラブナ釣りを楽しんでいる人がいた。
「魚釣り禁止!」とか「柵内の立ち入り禁止!」の看板はあるけど、、、

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2007年の夏。

30年くらい前までは、水面を埋め尽くすほどのホテイアオイやヒシ、浮草があったのだが、この頃は既に全く見当たらなくなっている。

昭和53年。当時はルアーフィッシングの全盛期で、中学校から帰ってくると数人でライギョを釣りに行くのが日課だった。
リリーパッドの隙間にハリソンやガルシアフロッグをキャスティングし「バフッ」と言う音と共にうねる水草にワクワクしたものだ。

ここで釣ったライギョ(カムルチー)で一番大きかったのは、84cm

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草木が生い茂る真夏の万代池。
ニイニイゼミに始まり、アブラゼミ、クマゼミ、ツクツクボウシで終わる。
クマゼミが一番多かったけど、時々ミンミンゼミもいたりする。

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2008年の秋。

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真ん中の大きい島の紅葉が綺麗。

中学生の時、この島まで泳いで上陸したことがある。
当時は、夜になるとウナギを釣りに来る人も居た。

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マガモやヒドリガモ、オオバン、アヒル、シラサギ、アオサギ、ユリカモメなどがやってくる。

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このほかの生き物は、クサガメ、ミドリガメ、スッポン、ウシガエル
コイ、ナマズ、金魚、カニ、ドブガイなど多数。

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2008年の冬。

この池の公園の外周は、約700メートルあり、小学生のころのマラソンコースだった。

その頃は、街灯も少なくて夕方になると辺りは薄暗く、何処からともなくルンペンのおっちゃんや不良のお兄さん、お姉さんがやって来る少し怖い場所でもあった。

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2009年の冬。

小さな島のところまで池を埋め立てて重機が入った。

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護岸工事。

小さな生き物たちの生活の場は奪われた。

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池の柵は新しくなり、公園の外周の道も舗装整備された。

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一昨日、実家に行った帰りに立ち寄った。

噴水がダサい。 でもこれが時代の流れってやつである。
古き良き万代池は、いつまでも思い出の中にある。

本日の1曲。

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2020.02.11

ボブテイル茶トラの天使

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この画像は、2013年の春ごろにウチの路地にやって来るようになった生後10ヶ月くらいのオカちゃん。
ウチにくるまでは近所の猫神様のところで生活していたのだが、当時、猫神様の家の周辺では10匹くらいの野良猫がいたので、若いオカちゃんは何かと居づらくなってウチに通うようになったのかも知れない。
その頃、ウチの路地裏も賑やかで、いつもやって来るのは、ヒロシ、ニーゴ、サンちゃん、タンゴの穏やか4兄弟や、おっとり猫のボンちゃんたちのような和やかさんばかりだったので居心地が良かったのかも?

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この画像は、2013年の秋ごろ、近所に移転してきた動物病院が周辺の野良猫を片っ端から捕獲してボランティアで去勢手術をしていた頃に運良く?捕まってしまったオカちゃん。

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この画像は、5年前の今頃。
もうすっかり路地の猫小屋の住人になったオカちゃん。
雨風凌げるワンルームハウスに、三食昼寝付き、毛布完備、定期的に部屋の掃除やトイレの後始末をしてくれる世話焼きなオッサン付きの生活。もちろん家賃は要らない。そこに居てくれるだけで良いのである。
そしてこの頃になると、車で帰ってきたら音で分かるのか?小屋から出てきて出迎えてくれる。
しかも20メートルくらい離れたところからでもちゃんとこちらを認識していて「オカ!」って呼んだら返事してくれた。

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とにかく明るくてやんちゃなオカちゃん。
玄関のドアのカギを開けていると足元にタックルしてくるオカちゃん。
警戒心が強くて他の人間が近付いて来るとすぐ逃げてしまうけど、、、
いつもピョコピョコ走り回ってるポンポコリンな幼児体形のオカちゃんなので、オカポンって呼んで可愛がった。

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信頼してくれてるみたいで嬉しかった。

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まるで兄弟のようにいつもヒロシと一緒のオカちゃん。
毎日が自由で楽しそうだった。

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だけど、去年の10月頃、区役所から職員がやってきて、近所の人から「車に傷を入れられて困っている。塗装もやり直したし、車が動かなくなって何回も修理に出している。」と言う苦情がきているので何とかしてくださいと、、、
確かに彼らは、車に乗っかっている事がある。
でもその駐車場には、他所から別の見知らぬ野良猫も時々やって来る。

しかし、塗装のやり直しはどうなのか? いつも爆音を轟かせていた黒いバンタイプのアメ車をポップなツートンカラーに塗り換えたのは猫のせいなのか?オールペイントするほどの深い傷が入ったのか?
車が動かなくなったと言うのは、ボンネットの断熱材が爪で引っ掛かれてボロボロになり、エンジンルームに鳥の羽や排泄物が散らばっていてそれで電気系統がショートしてしまったらしいけど、キャットフードしか食べない猫が、しかもいつもお腹が満たされているコロンコロンの猫が、わざわざ小鳥を捕ってきて狭いエンジンルームの中で食べるのか?
そして路地の砂場でトイレをしている猫が狭いエンジンルームの中でウンコをするのか?
ほとんど言いがかりとしか思えない。
それに俺は何回も見ている。その駐車場にイタチが頻繁に出入りしていたのを。

実は、車が野良猫のせいで故障したと言ってきたのは一昨年の春の話し。
彼らの仕業だという確証はないけど、修理代の20万円は支払います。と言ったら「見たわけでは無いので、今回は修理代は請求しません。」って言ってたのに今頃になって何なん?

そんな訳で、ウチで世話をしているオカちゃんとヒロシは、いつまでも外猫ではいられなくなったのである。
日本って、お金を出して買う動物以外には厳しいよなぁ。

2019年の11月11日。
やむなく捕獲業者に来てもらった。
実は、捕獲されてネットに入れられたオカちゃんをケージに移す際に、ネット越しに右手中指を激しく噛みつかれたのだ。
よっぽど怖かったのだと思う。信頼していた人間に裏切られて悔しかったのだと思う。
中指の骨まで歯が食い込み指の裏表から大量に血が出た。
すぐに水で血を洗い流したが身が2cmほど裂けていて中々血が止まらなかったので、近くの診療所に行って処置してもらった。そして2週間ほど指が曲がらないほど腫れて、1ヶ月くらい痛みが取れなかった。
今は傷口が硬くシコリになっているが、いつまでも消えないで欲しいとも思っている。

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昨年の暮れのブログの最後に「あゝ、、、ホントにあと僅かで、灰色の2019年ともお去らば出来る。来年は、心身共に良い1年になれば良いなぁ、、、」と書いた。

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1月22日

みんな少しづつ慣れてきて嬉しい。
時間は掛かっても良い。
オカちゃんとヒロシとぴょん吉が仲良く暮らせたらそれで良い。
一度失った信頼は、時間が経てばまた何とかなると思う。

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1月25日

オカちゃんが急にご飯を食べなくなった。
まだまだオカちゃんに触る事を許されていないどころか、近付くことも出来ないでいるので捕まえるのは困難。
それに病院に連れて行って更に恐怖心を煽りたくないので少し様子を見ることにする。

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1月27日

全くご飯を食べない。そして胆汁を嘔吐。

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1月28日

心を鬼にして嫌がるオカちゃんを病院に連れて行く。

まさかの展開。
先生がケージから診察台にオカちゃんを移す際、手首を噛まれて流血。
そして、診察室で逃げ回る。
いちばん避けたかった状況である。

血液検査の結果、肝臓や腎臓の数値は異常ないのだが、何らかの原因で免疫機能の異常がおこり、自身の赤血球に抗体を作ってしまい、その抗体によって赤血球を大量破壊してしまう溶血性黄疸の症状で、熱が出て元気が無いということが判明。
感染症(ヘモプラズマなど)、免疫疾患(自己免疫性溶血性貧血)の可能性があるとのこと。
実は、ヒロシとオカちゃんを捕獲したときに病院で「猫エイズウイルス感染症(FIV)と猫白血病ウイルス感染症(FeLV)」の検査したのだが、残念なことにオカちゃんが猫エイズウイルス感染症のキャリアであることが分かった。なので、体調管理には気を使っていたのだが、、、
このタイミングで恐れていたエイズを発症してしまった。
捕獲時に5.2kgあった体重が4.3kgになっていた。

今のオカちゃんの精神状態では通院は難しいので、インターフェロン、コンベニア(ステロイド)、デポメド(抗生剤)、輸液点滴、吐き止め、ビタミン剤を注射してもらって連れて帰った。
投薬が効き始めて赤血球が正常に回復してくるのは5日くらいかかるらしく、それまでは様子を見て過ごすしかないのである。

しかし、一向に改善しない。
ご飯はおろか、ヒルズa/d回復期ケアも大好きなボーノスープすら口にしない。ただ、水だけは飲んでいてオシッコは出る。

今にして思えば、今年に入ってからオカちゃんがご飯を残すようになったので、たぶん外で走り回っていた時のようにカロリーを消費しないので食べる量が減ったのだろうと、少々楽観的に考えていた。
きっと、そのころからオカちゃんは、病魔と闘っていたのかも知れない。
そして以前、左目の炎症が中々治らなかったのは、エイズが関係していたのかもなぁ。

3日経ち、、、1週間が過ぎ、、、何もしてやれない無力感と不安に苛まれる日々。
オカちゃんは、その間も時々胆汁を嘔吐。
それを見るのが辛くて悲しくて悔しい。
でも一番辛いのはオカちゃんだ。

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2月6日

どんどん痩せて行くオカちゃん。何とかしてやりたい。

朝一番に病院に行き、昨夜嘔吐した緑色の吐しゃ物を見てもらった。
先生は、異物誤飲の可能性も捨てきれないとの事だったが、仮にその場合は、バリュウム検査ののち切開手術するしか方法は無く、免疫力の無いオカちゃんの体力のことを考えると不可能だと思うし、精神的にもダメージが強すぎる。それに辛い目をさせて、結果、異物は何も見当たらないでは許されない。
感染症を疑って毎日の通院、検査、インターフェロンやステロイドの投薬を数か月も続けて、挙句に脾臓の摘出手術というのもあり得ない。

2015年から世話をしてきた猫たちすべての生活環境、食事の内容、食べた時間、量、食べたいものの好み、食べ方、トイレの回数、その日の体調を5分単位で記録し続けているので、彼らの健康状態はある程度把握している。
オカちゃんは何でもかんでも口にするような子ではない。異物誤飲は無いと思いたい。

7年前に左眼球にメラノーマ(悪性黒色腫)という皮膚癌が発症し、眼球摘出手術を余儀なくされ、散々痛い目をさせてしまったポロちゃんは、その1年後に癌が肺に転移しこの世を去った。
1年半前に年老いたケンちゃんが、心臓の疾患によって溜まった胸水を注射器で抜かなければ呼吸が出来なくなる状態になった。
泣き叫ぶケンちゃんを押さえつけるのが辛いけど、抜かなければ胸水で心臓を圧迫されて呼吸が出来なくなる。
抜いても抜かなくても辛い。
結局、最後まで痛い思いをさせてケンちゃんはこの世を去った。
その半年後、急性腎不全を発症したガリちゃんに輸液点滴と利尿剤の投薬を続けるも結局、痛みと恐怖心を与えただけで手当の甲斐なくこの世を去った。

結局、末期の猫たちは延命治療なんて望んでいないと思う。
全部人間側の気持ちを納得させる為のエゴ、偽善でしかないと思う。

これ以上、成す術が無い。
悩んで悩んで悩んで、、、悩んだ結果
辛いけど、このままヒロシの傍で静かに穏やかな最期を迎えさせてあげた方が良いと判断した。

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2月8日

すっかり痩せ細ってしまったオカちゃん。
もう足元がおぼつかない。
夜、ちぐらの中で眠っているオカちゃんが呼吸していないように見えたので、慌てて近寄ると傍に居たヒロシに怒られた。ヒロシと出会って7年半になるが、初めて怒られた。
「オカちゃんに触るな!」って言ったんかなぁ?
オカちゃんが体調を崩してからずっと傍に居て守ってくれてるんやなぁ。

深夜2時ごろ、水を飲む為、ちぐらから這い出てきたオカちゃんが、疲れ果ててストーブの傍でうずくまっていた。
水分補給ちゅーるを指で口につけてやったけど舐めてくれない。
そして、小さく「ニャ」と鳴いたので要らないと思い代わりに水を入れたお皿を口元に置いてあげた。
2週間ぶりに聴くオカちゃんの声は、か細くて切なくなる。
用事を済ませて部屋に戻るとお皿の水に、ちゅーるの欠片が沈んでいた。少し飲んでくれたのかな?
そして、そっと身体を起こしてちぐらに戻して体をさすってあげた。
15日間、全くご飯を食べていないオカちゃんの身体は骨ばってゴツゴツしていた。
大人しく目を閉じてるオカちゃんを見ていると涙が溢れ出た。
結局、オカちゃんの事が心配で、朝まで起きていた。

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2月9日

木工教室の片づけを済ませて珈琲を飲んで寛いでいたら突然大きな鳴き声がしたので急いで隣の部屋へ向かった。
オカちゃんが、ちぐらの中で苦しそうな態勢をしていたので身体の向きを変えてあげた。
しばらく発作の様な状態が続いた。

19:25 静かに呼吸を止めた。

初めて触るオカちゃんの顔、、、手、、、お腹、、、
柔らかくてスベスベで、、、可愛くて愛おしくてたまらない。

今まで仲良くしてくれてありがとう。オカちゃん。
この3ヶ月のあいだ怖い思い、辛い思い、痛い思いをさせてしまって本当にごめんなさい。どうか安らかに眠ってください。

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2020年2月9日(日曜日)午後7時25分
オカちゃん永眠(享年7歳8ヶ月)

そして、残されたヒロシは、悲しそうな声で鳴きながらオカちゃんを探し歩きまわっている。
ごめんな、ヒロシ。オカちゃんの分まで大事にするからな。

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2月11日

今日、オカちゃんを送ってきた。
昨年の11月11日から今日でちょうど3ヵ月。
もっともっと、、、一緒に居たかったなぁ、、、

 

はぁ、、、

辛くて悲しい話しはこれで最後。もう書かない。

本日の1曲。

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