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2018.12.25

I feel like crying now

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平成時代最後の年。

そして今日は、クリスマス。

毎年毎年、相も変わらず、ラジオから流れてくるのは聴き飽きたクリスマスソング。

良い曲もあるのだけど、今はそれが雑音にしか聴こえない。

心を閉ざしている訳では無いけど、、、

2018年は、辛い事、悔しい事、悲しい事、切ない事、、、
嫌な事が一気に押し寄せたような本当にやるせない1年だった。

それもあと1週間我慢すれば新しい年に変わる。

2019年になったからと言って急に何かが変わるわけではないけど、早く2018年から抜け出したい。

今は、そんな気分。

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7月3日。 ケンちゃんが体調を崩し、その日から工房に泊まり込みの看病が始まった。
7月21日。 急にチャコちゃんがこの世を去ってしまった。
8月24日。 辛く苦しい闘病生活を強いられていたケンちゃんが力尽きた。

辛くて辛くて堪らなかった。

そんな寂しさを救ってくれたガリちゃん

初めは、なかなか慣れてくれなかった。
外猫だった頃からもう4年半も世話をしているのに触ることさえ許されなかった。なのに何故か?ヤマダにだけは心を許していたガリちゃん。

ケンちゃん、チャコちゃんが居なくなった後もぴょん吉とガリちゃんが仲良くなれるまで心配なので、一人工房に寝泊まりしながら見守ってきた。
ガリちゃんは、明け方4時~5時半くらいにお腹が空くようで、そのたび起きてご飯の用意をする。
そして、ガリちゃんのトイレの掃除も寝床の掃除もしているのに近づくと『シャーッ!』って怒られる。
きっと、ガリちゃんの目には、体調が悪くしんどい時にいつも捕まえられて病院に連れていかれる恐ろしい人間に映っていたのだと思う。
なので、ガリちゃんが分かってくれるまで悪役に徹してやろうと決めた。
心のよりどころはヤマダに任せて、、、

そして、今月に入ってようやく触ることを許され、ヤマダが傍にいるときは、喉をゴロゴロしてやると手をベロンベロンと舐めてくれるまでになったのだ。

じゃれている可愛いガリちゃん。

今年は、良いことが何も無かったけど、年末年始は、のんびりとガリちゃんのいびきでも聞きながら過ごせるなぁ、、、
もう少し慣れてくれたら抱っこさせてもらえるかもなぁ、、、なんて楽しみにしていた。


だけど、、、だけど、そんなささやかな夢も粉々に打ち砕かれてしまった。

12月12日。 夜中にガリちゃんが嘔吐し食欲が無くなったので、風邪をひいてしまったのかもしれないと思い病院に連れて行った。
12月13日。 夜中から1時間半おきに白い泡状の胃液を吐くこと5回。
12月14日。 血液検査の結果、急性腎不全であることが判明。

その日から皮下点滴を打って、利尿剤を注射し、老廃物(毒素)を排出させる治療が始まった。
それでも一向に良くならず、腎臓のBUN(腎臓機能)の数値が正常値の約6倍。CRE(クレアチニン)の数値が正常値の約10倍。残念ながらステージ4の末期だった。
あくる日から毎日通院し、皮下点滴をするが、、、

12月18日。 皮下点滴よりも効果的な静脈に直接ソルラクト輸液、ビタミン剤、吐き止め、胃薬を輸液することになったのだが、朝9時半にガリちゃんを病院で預かってもらい時間をかけて静脈輸液をし、夕方5時ごろ迎えに行く予定が、、、
1時間後に電話があり、ガリちゃんの腕が浮腫んでしまって静脈に点滴針が注せないので、今まで通り皮下点滴をせざるを得ないと、、、
そして、4時ごろまた電話があり、ガリちゃんが入院用の大型のケージのドアにしがみついて暴れるので、お迎えに来てやってほしいと、、、

12月20日。 今年最後の木工教室でガリちゃんを病院に連れて行けないのと、日曜日は病院が休みなので、自分たちで皮下点滴と利尿剤の注射をすることになった。
前の日に病院で練習を兼ねて皮下点滴をさせてもらったのだが、今回の件のショックと初めて点滴の針を注す緊張と連日の寝不足と老眼鏡を忘れた事が悪い方に相乗効果し、見事に太っい点滴針を自分の指に注してしまい撃沈。あとはヤマダに任せることに、、、

12月21日。 ガリちゃんの足元がふらつき上手く歩けない。
そして、それまで青っ洟を垂らしていた鼻から血が出ている。
もう水も飲めなくなって、オシッコも出ない。
呼吸状態を見ていると、ケンちゃんの時と同じように腹水が溜まっている感じがした。

12月22日。 朝、ガリちゃんを工房に残して病院へ行き延命治療の中止を申し出る。
先生は、獣医師の立場で言えば、出来る限りの治療は施します。けど、自分自身がその立場だったら同じく中止しています。と言われた。
それを聞いて、もう助からないと確信する。
腎不全の末期には発作が起きるので、苦しませないために発作止めの座薬だけ処方してもらいガリちゃんのもとに帰った。
この日の木工教室は、午後からなのでそれまでガリちゃんの傍にいてあげようと思う。
12時少し前、ガリちゃんの呼吸が変わり始めた。

12時20分。 静かに眠るように息を引き取った。 (推定年齢7歳)

発作が起きなかったことだけが救いだった。

2日前の体重は、7.8kgもあり、なんだか死んでしまったように見えない。

教室が始まるからもう起きて、ガリちゃん、、、目を開けて。

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2014年の7月。

ウチの路地にガリガリに痩せこけて所々毛が抜け落ちた今にも死にそうなチャトラがうずくまっていた。
あまりにも哀れに思い、ご飯をあげた。

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それから1ヵ月半ほど経ち、そのガリガリ猫は、命をつなぐことが出来た。
毛が生え揃って、普通の野良猫に見えるようになってきた頃の画像。

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その年の12月、ガリちゃんと名付けた猫は順調に体重を増やし、日向ぼっこをする余裕さえ出てきた。
そんなある日、他の野良猫に襲われたのか?右前脚を怪我してびっこをひく。

2015年の2月。 怪我が治らぬまま、忽然と姿を消した。

心配で心配であちこち探した。
保健所に右前脚を怪我しているチャトラのオス猫は保護されていませんか?と電話するが、、、
行方が分からない。

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4月の半ば、寝室の窓から下を見ると、、、チャトラ。
あれ? ガリちゃん?
慌てて下に降りて裏の路地に出た。

やっぱり、ガリちゃんだった。
2ヶ月ぶりに見るガリちゃんは、少しやつれていた。
お腹を空かせたガリちゃんは、山盛りのご飯を食べた。
だけど、右前脚の怪我は、悪化して化膿している。
次のご飯から抗生物質の錠剤を仕込むが効果なし。

6月に捕獲機でガリちゃんの捕獲に成功。
そして、去勢手術をして、右前脚の治療もしてもらう。

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その甲斐もあり、ガリちゃんは真ん丸になった。

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2016年1月6日のガリちゃん。

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2017年の春ごろから日中は、時々機械場で過ごすようになった。

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気持ちよさそうに昼寝しているガリちゃん。

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2018年の春ごろから日中は外で過ごし、夜は機械場で寝る生活に。

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黄金色のガリちゃん。

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工房の様子が気になるみたい。

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チャコちゃんもケンちゃんも居なくなってしまった工房のドアを開けたやった。

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ピョンちゃんと仲良くなれたら嬉しいなぁ、、、

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9月の半ば、正式にウチの子になったガリちゃん。

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11月の初め。 いびきをかきながら眠りこけるガリちゃん。

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12月12日。 風邪ひいてしまったかな?

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12月20日。 心が折れそうになりながら皮下点滴をする。

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銀杏の葉っぱと青やピンクの花を箱に敷いてあげた。

そして昨日、最後のお別れをしてきた。

短い間だったけど、一緒に過ごせて本当に幸せだった。

有り難うガリちゃん。

本日の1曲。

何時寝て、何時起きたのかもよく分からない工房での生活も今日で終わり。
172日ぶりに自宅のフカフカ布団で眠れる。

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